日本語を教える面白さと難しさ

外国人に日本語を教え始めて早4ヶ月。見よう見まねでやってきたレッスンをブラッシュアップすべく、いくつかの研修に参加しました。


日本語文法を外国語として学ぶ際、日本人が小学校で習う「形容動詞」「上一段活用」のような分類はしないんですよね。いっそ日本人もこう教わった方がいいんじゃないかというシンプルさ。


しかし教え方を学べば学ぶほど、日本語で日本語を教えることの難しさに気づきます。


例えば「遅刻しちゃう」とか

「遅刻しちゃった」。


英語でざっくり概念を伝えるならば「undesirable」「finished」の状態であると説明ができますが、


学習者が英語を理解できるとは限らず、しかも日本語中級レベル以上ともなると

「遅刻しそう」

「遅刻してしまう」

「遅刻しちゃいそう」

などという文まで当然出てきて、違いを聞かれた日には顔面蒼白(!)


あとは「よちよち歩く」のような、音のない擬態語。「おぼつかない」と説明しても、相手がその言葉を知らなければ伝わりません。


相手のレベルに合わせて語彙や表現を変えるのって、視聴者層を想定して語彙を選ぶ字幕翻訳に通じるものがあって、使う思考回路は似ていますね。


あと毎日のように、娘のあらゆる「なんで?」に簡単な日本語で説明しているのが、思わぬ形で役に立っています。(この前は「うんめいってなに?」と聞かれました)


でも文化や時事に関する質問も受けるので、自分で深く理解していないと説明などできません。いい勉強になっています。


それと「外国語としての日本語を日本語で教える」方法やツールって、「英語を英語で教える」のにも応用できそう。


ちなみに私が住んでいる区には、約70カ国の外国人がいるらしく、全員ではないにしても、異国で暮らす人々の助けになれるのはうれしいし、彼らの話を聞くのも楽しい。長く続けたいと思っています。